身辺記

世話人雑記

 

 
追悼 最首悟  「雑」に生きること、つながること
石橋 浩治(世話人)2026.4.16

 2月8日(日)衆院選の投票日の夜、TVで開票速報を見ながら、予想されていたとはいえ、それを超える「高市自民党」の圧勝にうんざりしていたところに送信されてきたメールは最首塾のメーリングリスト、「本日、2026年2月8日(日)、最首悟先生がお亡くなりました」でした。
 数日前に、最首塾の親しい友人と「暖かくなったら、ご挨拶を兼ねてご自宅にお伺いしてみようか」と話し合ったばかりのときに伝えられた訃報に、しばらくことばが出ませんでした。わたしが最後に最首さんにお会いしたのは2024年12月、お亡くなりになる前にもう一度お会いしたかった。
 
*最首悟さん、人と歩み
 「水俣病の調査や障害者の支援活動に携わった哲学者で和光大学名誉教授の最首悟(さいしゅ・さとる)さんが8日、肺炎のため死去した。89歳。福島県出身・・・」(東京新聞2月10日付の訃報記事)。
最首さんには、他にもさまざまな顔があります。1968年からの東大闘争のときには助手共闘として東大全共闘の一翼を担い、近代批判としての大学批判=学問批判を展開し、「自己否定」の論理=「ただの人」とは?を問い続けた最首さん、重度複合障害の星子さんの誕生以降は、星子さんとの日々の暮らしと現代社会の諸相と関連させながら「いのちはいのち」の<いのち論>を繰り返し語りかけた最首さん、2016年に起きた相模原市にある障害者施設やまゆり学園で起きた障害者殺傷事件では、植松聖死刑囚に面会したり、手紙のやりとりもして注目されました。
 それらのことは個別にばらばらにあるのではありません。確かに、星子さんの誕生は大きな転機のひとつであったことは確かですが、「最近は、自分のダウン症の子供の問題、障害者の問題、それとダブって水俣の問題などにも取り組んでいて、文章にも書いています。・・・僕は、あまり障害児とは言わないんですけれども、そういう子供をもって考えていることは、意外と六八年段階から続いているということです」(「流動」1981年11月号、「徹底討議 今、全共闘をふりかえる」での最首さんの発言)と述べられているように、同じ問いを一貫して問い続けているのです。晩年には、<いのち論>をより深めるかたちで、人のあり方の基本として、人間=人-間(じんかん)であり、「二者性」という概念へと深められていきました。
 
*最首悟さんと「雑炊の思想」
 最首さんの語ること、書かれたものは「よくわからない」と言われます。確かに、最首さんの知の実践は、特定の分野には収まりきらない、最首さん自身の生きてきた軌跡がまるごと詰まっているからでしょう。最首さんの知の実践は、生物学、戦後学生運動と安保、そして東大闘争=全共闘運動、重度複合障害の娘・星子さんと「そばに居ること」、障害者の生活と生きて居ること、水俣、不知火海の風景と共に生きて居ること、(反)科学、環境思想、身体論・・・などなど、それらが縦横無尽に、と言うよりも、あちこちに飛びながら、どこに飛んでいくかわからないような、しかし、根源的で、破壊的なエネルギーをもって、最首さんの生き様そのものからの語りが、まるごと展開されるのです。雑然としていても、つながっており、ひとつのことをくりかえし、くりかえし問い続けてきたのです。
 最首さんの思考、哲学には、生物学、数学を基礎にしながらも「存在のでたらめな連鎖」とか「雑然が調和を保つ世界」など存在や世界を人文学の文脈に転換して語っています。そこには、さまざまな領域の思想、思考が、雑炊の具やだし汁のようにごった煮となって、深い味わいが醸し出されています。最首悟さんの思想、その世界は「雑炊の思想」とでも言うべき思考から成り立っています。まさに「雑炊はわが魂に及び」(野坂昭如)です。
 東大助手を退官するときにパロディとして行われた最終講義「さらば、東大――”問学”の軌跡-25年後にみえてきたもの」(「情況」1994年6月号)で語られた「問学」の可能性、「わからないことが希望である」という魅力、優しさ、「わからない」という「終わりがない」思考は、より豊かな問いを見出す過程でもあります。
 
*ご遺体との面会、ささやかなお別れ会
 最首さんのご葬儀は「本人のご意向に従い近親者のみ」で執り行われました(2月15日)。葬儀までの数日間、ご遺族や斎場のご好意により日時を限定してご遺体と面会する機会がありました。わたしは親しい友人らと連絡を取り合って、12日(木)午後に新横浜の斎場に行き、面会してきました。
 面会室にて静かに横たわる最首さんは 少し痩せられたように感じられましたが、穏やかなに眠られていました。こみあげてくるものがありましたが、涙は堪えて、感謝の気持ちをお伝えしてお別れしました。最首さん×宗由美子さんの対談のタイトル「いのちは、わからない。それが腑に落ちると、人は穏やかな優しさに包まれる」(東本願寺出版「同朋」2018年12月号)を思い出していました。
 三好春樹さんは、対談の中での最首さんの発言「不思議なことに、(いのちは)分からないということが私たちの中で徹底するとき、人間の心はなぜか平安を感じるようにもできているのです。それは不安や自分の能力不足への失望などではなく、分からないというそのため息の中に、大丈夫だよという安堵感が入っているものではないでしょうか」ということばを引用して「これは、東大全共闘運動を経た日本の知性が、重度心身障がいの星子さんへの介護という体験に出会って達した「新しい知性」の地平ではないでしょうか」と述べています(雑誌「ブリコラージュ」2019年初夏号「介護の世界へ越境せよ」)。
 面会終了後、有志で新横浜駅近くの居酒屋に集い、ささやかながら献杯とお別れ会をしました。集まられた人たちは、東大闘争時に駒場の第八本館に最首さんと共に立てこもった人、60年代後半の学生運動の高揚の出発点になった1967年10月8日の羽田闘争、このときに京大生・山﨑博昭さんが機動隊の暴力で亡くなった弁天橋で共に闘っていた人、高齢者介護施設の管理者、スタッフや介護関係の本の出版、編集関係者、社会福祉関係の大学教授、シモーヌ・ヴェイユ研究者(大学特任教授)、社会福祉関係の学校にて資格取得を目指している方など、幅広い分野と年齢層の9名が集い、それぞれにとっての「最首悟」を語り合いました。
 わたしは、この日、各種雑誌に掲載された最首さんの対談、論考のコピー数篇を持参しました。そのなかのひとつに「生き易いものが者が生き難い者に身を寄せてより生き易くなってしまう逆説 ダウン症の星子との<対話>から」(「朝日ジャーナル」臨時増刊号1984.6.20)があります。わたしは、このかなり長い、そしてちょっとヘンな題名が気に入っているのです。それを手にした参加者の一人が咄嗟に述べられたことは「この題名、小林敏志さんの「宅老所 はいこんちょ」における実践そのものですね」でした。この直観力には感心させられました。
 
*老いること、ぼけるって何
 わたしは3年半前に70歳になったとき、「よくここまで生き延びてきたものだ」と「老年にはなったけど・・・」の想いが交錯しました。現在は「健康半分」ですが、これから先は、体力、気力が衰えていくであろうことは避けられないでしょう。老いるとは?ぼけるとは?何だろうか。最首さんの語るところを参考人しながら、若干かんがえてみたいと思います。
 わたしたちが生きる社会は、経済的合理性が重視され、目標に向けて努力を傾注し、効率よく達成することが自己実現であるとされる社会です。しかし、老いる、ぼけることは、「ただの人」=「無条件の全体」といってもいいでしょう、「事実的存在=居る」になっていくことです。右肩上がりのベクトルで生きる暮らしからの離脱です。だから、体力や気力の衰えへの不安を誰もが抱く、「できれば、その前に・・・」と漠然と考えてしまいます。
 しかし、その思考には「落とし穴」がるのではないでしょうか。最首さん流に言えば「単独の自立した個人というのは幻想であり」「人間は「人-間(じんかん)」であり、「二者性」、無数の二者のつながりではないか」「頼り頼られるのが人間なんだいうことを心に持っておくことが大切」であり、「高齢者が一人でやれることがどんどん減っていく。一人での生活を前提にしないで、素直にそれを出していけばいい」ということになります。
 老いることは、身体性に還っていくことであり、最首さんが言う「素生活」=喰って、寝て、・・・暇を見つけて遊ぶことに還っていくことです。個=孤ではなく、関係性から出発する発想へと変えていくこと、いま生きているいのちに寄り添って「居るだけてもいい」にするための工夫が大切になってきます。そこに高齢者介護、ケアがあります。
 そうであるならば、老いること、長く生きてしまっていることについて、もっと語り合い、 聞いてもらうことで、人間の体の、心の、更には社会についての新たな発見につながっていくのではないでしょうか。
 
*最首悟さん追悼セミナーのご案内
 三好春樹さんが呼びかけ人で「最首悟さん追悼セミナー『介護と支援を続ける根拠』~最首悟さんを偲んで ㏌あざみ野」が6月7日(日)に、小林敏志さん、鈴木励滋さんも登壇して行われます。
 また、9月19日(土)には、論集『砦の狂人といわれようとも(仮)』の出版記念も兼ねて、最首悟さんをしのぶ会「最首悟が居る(仮)」が開催されます(追悼シンポジウム+しのぶ会、東大駒場キャンパス)。
 多彩、かつ多様な人たちが集い、発言し、「雑」でありながらも、つながっていることが実感されるような場になることでしょう。最首悟さんはお亡くなりになりましたが、まだまだ当面の間は、わたしたちの心のなかで気配となって生き続けているからです。
 
 
 

 
 
 
 
「令和の百姓一揆」第2弾に参加して

 山川宏(「アクション"介護と地域"」世話人)

 3月29日、春先にしては暑いくらいの日曜日。「令和の百姓一揆」第2弾の集会・デモに参加した。青山公園に集まったのは1,200人、トラクター6台、軽トラ21台と、去年の比べると規模は小さいが、今年は全国17カ所での「同時多発」の集会とデモがあり、総参加人数は3,500人なのでそれほど縮小したわけではない。
 問題は田んぼの放棄、高齢化、気候変動などによって作り手が半減し、米不足による価格高騰など、この一年の間にいろいろあったのにも関わらず、その危機的状況が去年とまったく変わっていないことだ。新しい農水大臣、政府はさらなる米の減産を決定するなどと対策はむしろ悪化し、危機はより深まっている。
 実行委員長・菅野芳秀氏は、特に高齢化、継承者皆無という状況に触れ、このままだと「ある日突然、羊羹をすっぱり切るように」供給が途絶える、と訴えた。
 
 世の中には「市場原理に任せ」たり、「競争させ」たりしてはならない産業がある。農業はまさにそれだ。ヨーロッパでは70%、合衆国でも35%の国家による「補助金」によって支えている、と元農水相・山田正彦氏も発言した。
 
 農業従事者の高齢化というのはヨーロッパでも同じく問題になっている。が、EUがCAP(共通農業政策)によってとにかく予算と手間をかけて対策を講じているのに対して、日本では「何もしていない」に等しいか、むしろ「悪化」させる政策をとっている。
 確かにEU全体の農業従事者は約900万人で、これは10年ごとに25%減少した結果とのこと。さらに45歳未満が20〜24%の減少、65歳以上は33%の減少と、やはり高齢者の農業従事者が減っている。
 日本では農業従事者の70%が65歳以上の高齢者で、菅野氏が叫んだ通り、75〜77歳の「団塊の世代」が大部分を占める。既に「後期高齢者」であって、確かに「ある日きっぱり」供給が止まるという表現は決してオーバーではない。
 しかも、上記のEUの数字は、農業従事者の25%が45歳未満、65歳以上は15%未案という「農業大国」フランスまで含んでいる。
 日本ほど深刻に見えないEUでも、フランスでも、高齢化、農業従事者減少に対して積極的に対策をとっているのだ。
 CAP2023〜2027はEU全体で85憶ユーロ(2年前のレートでも1兆3,660憶円)をかけて若年農業従事者支援を行い、38万人が支援を受けたそうだ。
 国によって実情が違うから支援の方法も様々だ。
今後10年で農業従事者の45%が引退すると予測されるフランスでは「第三者継承」を進める対策をとっている。これは、家族経営の割合が低いことによるようだ。EU全体では家族経営の割合が93,1%、フランスでは59,3%だそうだ。少し古いが2022年、新規農業就業者が14,132人、うち9,929人が40歳以下、さらに、うち25%が「第三者継承」であった。もちろん、農地の譲渡・取得への税制面まで含めた支援、各地の担当窓口の設置、マッチングなど後継者対策の結果である。
 データによる、2022年、フランスの農業従事者一人当たりの年間平均所得は約6万ユーロ(1€=160円として960万円、180円として1,080万円)で賃金労働者の平均と比べて遜色ない。それでも後継者不足に悩み、対策を講じているのだ。
 
 日本は何もしなければ、農地の放棄も農業からの引退も加速度的に増えていく。それを食い止め、若者への農業の魅力の発信、補助金、税制面での優遇を含め、教育を充実させ、後継者を募り、とにかく積極的に対策を進めねばならないのだ。
 
 昨年、今年と参加して思ったことを少し。今年は開場が13時半、集会が14時半、トラクター・デモ出発が16時、警察の指導により、提灯デモの出発は一時間遅らせて17時、とかなり間延びした印象だった。また、課題が同じだから仕方ないがスローガンやデモのコールも「日本の『食』を守ろう」とか「欧米並みの補助金を」など、第2弾にしては具体性に欠ける。
 青山通り、表参道でのトラクター行進はインパクトがあり、まだまだ続けるといい。が、約90分のデモ行進は、高齢者は途中での脱落も多く、再考の余地がある。むしろ、要求を具体化し、つまりはっきりと政策転換を促し、農水省、官邸、国会周辺などにデモ、抗議行動をかけるように、トラクター行進と分けて実行するのも一案と思う。
 
 私は、日本のコメは世界一だ。減産などとんでもない。もっと生産し輸出もどんどんやったらいいと思っている。高いブランド米も含めて国が買い上げ、国民には安く売ればいい。
 日本酒(SAKE)も、抹茶(MATCHA)も、ヨーロッパではすごい人気でバーにはSAKEがあり、カフェにはMATCHAがあり「抹茶カフェ」まである。繰り返すが日本のコメは世界一、きっとそれらに続くブランドになる。
 たとえば「ジャパン・デニム」。魅力的な発色、脱色によって、今や世界を席巻している。ヨーロッパの名だたる高級ブランドや有名デザイナーが、デニムについてはMade in Japan と誇らしげに標記するようになった。こちらは企業努力によるところが大きいが、ジャパン・ブランドはこうなることが出来る。
 
 「令和の百姓一揆」が年に一回の花火に終わらず、具体的な政策、危機対策を提案し、実を結び、日本の農業が「欧米並み」になるように願う。さらに「第3弾」を!
 
 
 

 
「令和の百姓一揆」デモに参加して

山川宏(「アクション"介護と地域"」世話人)

 さる3月30日、「令和の百姓一揆」デモに参加した。ランボルギーニのトラクターを先頭に30台のトラクター、3,200人のデモが続き、新聞、テレビ、週刊誌などでも取り上げられ、充実した時間だった。
日本の市民が「安全な」国産の食料を食べられるように、また、すべての農民に「欧米並の」所得補償、補助金を、という至極真っ当なスローガンだった。
 
熱気が冷めないうちに感想文を書く予定だったが、すぐ、トランプ関税、米不足、米の価格高騰などが続き、メディアでも様々な議論がなされ、僕自身も混乱して整理がつかず、現在に至ってしまった。
 
だいたい僕自身は農業に従事した経験もない「素人」であり、田植えなど三里塚の「援農」でしかやったこともない。専門的な知識もない。だからこの問題についてもっともらしいことは言えないような気がしてきた。ただ、ここのところのメディアでの「コメンテーター」らの発言を聴いて、どうもやりきれない違和感を持ち、それで自分なりの考えをまとめてみようと思った。「専門家」からは問題にもされず、一笑に付されるかもしれないが、書いてみる。
 
テレビなどで聞いていると、どうも先日のデモの訴えとは正反対の声が大きい。つまり、今までの「減反」政策が間違っていたから、農地をまとめて「大規模化」し、コストを抑えて量産、「安い」米を供給していこう、大量に作って、余るなら輸出しよう、といった話だ。小規模農家は「高コスト」で効率が悪いから、「補助金」などもってのほかで淘汰してしまえ、ということをソフトに言っている。大規模化、場合によっては「会社」にする、あるいは既にある「会社」を入れる、とまで語られる。
 
とんでもないことだと僕は思う。そもそも山国の日本の地形を考えれば「大規模化」などなかなか出来ない。たくさんの「小規模」農家が集まってなんとか農業を維持しているのが現実だろう。
また、強引な「大規模化」は必ず失敗する。かつて、あの広い国土を維持したソ連邦であっても、「コルホーズ」は失敗、1000万人以上の農民が餓死した。これをまねた中国の「人民公社」に至っては数千万人の餓死者を出した。
 
僕は、「大規模な」量産体制自体は必要だと思う。低所得の市民に「安く、安全な」国産米を供給するのは最優先だ。
ただし、それを「ブランド化」して輸出しようなどというのは話が逆だと思う。
 
付加価値をつけて「ブランド化」するには、むしろ「小規模で」丁寧な生産が前提だからだ。
 
フランスには、ワインやチーズに、法で定められた厳格な「原産地統制」、原産地呼称がある。AOC (Appellation d’0rigine Controllee、現在はProtegee、AOP)だ。ワインのラベルを見ると書いてあるが、このAとC(現在はP) の間に入る原産地が狭いほど高級ワインだ。例えば、ブルゴーニュであれば Appellation Bourgogne Controlee よりも、Appellation Romanee-conti Controlee とあるのがずっと高級である。僕はロマネ・コンティのブドウ畑を昔見てきたが、ちょっとした金持ちの家の庭くらいの広さだったのに驚いたものだ。要は、「小規模」で「狭い」畑で、そして丁寧に生産(熟成)されたものに、はじめて付加価値がつき、「ブランド」になるわけだ。
 
小規模農家は「高コスト」で効率が悪い、などと言っているのはどこか根本的に勘違いしていると思われる。小規模農家で、丁寧に作られた農産物をこそ、高い付加価値をつけて「ブランド」化して販売するべきだ。これは「高額」であって構わないと思う。その農家がリスペクトされ、豊かな生活を送ることが出来るように。
逆に「水より安い」テーブルワインや、さらに安い東欧などのワインとブレンドしたワインもあるように、大規模農家で量産された「安い」米が必要なことは繰り返し言うまでもない。
 
日本でも、「原産地統制」、「原産地呼称」を法律で厳格に義務づけて、オーガニックに丁寧に小規模農家で作られた米が「さらに高く」販売され、あるいは輸出され、大規模農家で量産される国産米がきちんとすべての家庭に「安く」供給されるようになればいいと思う。もちろん安全性は大前提だ。有害な農薬や遺伝子組み換えなどはもってのほかである。
 
「農協」もどうも評判が悪い。いろいろ「悪さ」をしてきたし、僕も、ヨーロッパで「ノーキョー」のツァー御一行と鉢合わせして恥ずかしい思いをしたことがある。
が、改善の必要があるのと、テレビで「コメンテーター」が言うように、「必要ない」、「なくなっていい」などとは思わない。国家との間に「中間団体」は必要だからだ。
芳野友子の「連合」がろくなものでなくても、労働組合やそのナショナルセンターが「なくてもいい」わけではないのと同じことだ。
 
 

 
山川 宏(「アクション“介護と地域”」世話人)=事業家時代から何度もフランスを行き来しているフランス事情通

日本の農業問題を考えてみた
▼国に殺される農業と農家
 先日、明大のOB・OGが集まる「明大土曜会」に、他大学OBながらお邪魔した。明大OBで、山形で農業を営む菅野芳秀氏から、現在の農業の実態について、大変重要でシリアスな発言、問題提起があった。要約するとーー。
・1947年の農地解放によって500万人に達した自作農農家が激減。2020年175万人、そして現在は97万人、このうち4万人以上は「団体経営」で、3万人以上は「法人経営」。
・農業が市場経済に委ねられ、米価はコストを下回り、政府は「離農手当」まで出して農家を減らし、大企業、法人の農業ビジネスに、さらに農薬、化学肥料漬けのケミカル農業に変えようとしている。
・減反は耕作面積の40%におよび、農家の所得は2019年に一時間あたり208円だったのが2020年には時給10円になった。まさに「米を作っていたら米が食えない」現状だ。
・昨年、モミ乾燥機が壊れた。夫婦の年金と貯金を切り崩してなんとか170万円を工面して買った。後継者の息子は「今度、トラクターが壊れたら農業を辞めていいか」と言う。近隣でも機械が壊れた時が「農じまい」というのが増えている。
・昔は「農家は生かさず、殺さず」だったが、今は「生かすな、殺せ」だ。
 
 そんな話を聞いた週明けの朝日新聞に「米がない!」の記事が出ていた。スーパーにも米屋にも米が品薄で、1日1人10キロまでに購入制限しているという。さらに5キロ1,480円を千円値上げして2,480円で売らねばならないほど仕入れコストが上がったという。米一俵は60キロ。その60キロの仕入れ価格が22,000円で、これは昨年より8,500円高いそうだ。それでも、インバウンド含め需要が増加、供給が追いつかない。菅野氏の言う通り、無謀な政策のツケが回ってきたということである。
 
 高度成長期からずっと農地を工業用地に転用、それは年間1,5万㌶に及び、荒廃地化も同様1,5万㌶に及ぶ。さらに1995年の「食糧管理法」廃止後、「自由化」の名の下に、「古い農業は効率が悪い」とか、「競争によって強い農業を」という新自由主義的な掛け声とともに「間違った」政策が進められてきた。僕は、あの竹中平蔵が「競争力をつけるには、競争させることです」と繰り返していたのを覚えている。とんでもないことである。
▼EUの農業政策
 日本農業の現状を、僕が仕事と遊びでよく行くEU 、フランスと比べると、どんなに酷い政策であるかよくわかる。僕はなんでもEU・フランスの礼賛者ではではないが、農業については学ぶべきことが多い。
 
 EUでは、基本的に、農家の収入保障を直接支払いによって行う。農作物の最低価格、価格維持メカニズム、域外関税と輸入制限などとともに「共通農業政策」CAP(Common Agricultural Policy)に含まれている。農業は環境保護政策もあるので、「共通遵守事項」がある。
それを満たす農家に直接支払われる補助金は昨年3,870憶ユーロ(約62兆円)、EU予算全体の40%近い。なお、そのうち94憶ユーロはフランスに行く。これは農家一戸当たり24,000ユーロ(約390万円)に当たる。そうして、一戸当たりの平均年間所得が直近2022年には56,014ユーロ(約921万円)となる。つまり補助金が42%を占めているわけだ。
さらにこれは「平均」であって、同年、年間所得9万ユーロ(約1450万円)を超える農家が25%、15万ユーロ(約2400万円)を超える農家は10%ある。日本では補助金が「限定的に出る」ところでも10〜15%。しかも母数(金額)も少ないわけで、その違いに驚く。
 フランスはEU最大の農業大国である。国土の57%を農地が占め、EU全体の農産物の4分の1を支えている。食料自給率はカロリーベースで130%に及ぶ。(日本は38%)
かつてド・ゴールは「食料を自給出来ない国は独立国ではない」とまで言い切った。農業、農民を大切にすることもまたフランスの国是と言っていいのかもしれない。
もちろんこの補助金は税金から出ている。だが、フランス市民はそれを当然と考え、不満が出た話など聞いたことがない。
 
フランス諸都市を旅行すると気づかされるのは、とにかく高級レストランはもちろん「外食」の料金が高いことだ。ランチ一回「ワンコイン」というわけにはいかない。旅行者には痛手だが、現地の人たちは当然と思っている。調理を含め、サービスなどに従事する人たち、働く人たちの尊厳ある生活を守るために必要な費用と考えているからだ。それはまわりまわって自分の生活にもつながる。逆に、市場、スーパーマーケットなどで食材を買って自炊すれば、かなり安くて良い食事ができる。価格が政策的に抑えられているからだ。これがあるから、農民への「補助金」に文句など出ないわけであろう。もちろん、政治家も「ばら撒き」だなどとは決して言わない。
▼日本の「食糧安保」のデタラメ
最近、岸田政府は「食料安全保障」とか、「食料自給率を」とか、盛んに語られるようになった。何を今さらだ。一貫した「政策」も「目標」もない。以前は2010年までに、自給率を45%にする、と言い、すぐ修正して2020年までに50%にすると。しかし、現状は2023年でも38%である。また、「新規就農者」を増やそうと突然言い出し、「支援システム」と称して。年間150万円、それも75万ずつ2回に分けて「補助金」を出すことにしたそうだ。この程度で新規就農者が増えるはずもないが、なんと、「農業法人への就職」を斡旋して補助金を出すとも言っている。食えない農民はまとまって休耕田を耕せという乱暴な話だ。また、食料自給率を「カロリーベースではなく金額ベース」にしようなどと言う者もいる。とんでもない。金額が高ければカロリーが高いわけではない。高級メロンをいざというとき国民が食えるか! 
▼日本農業のこれからを考えた
 日本とフランスを比較して、僕なりに考えたことを書く。
まずは何より先に「直接の」補助金を増やすことだ。農家の労働、生産、それに見合った収入、尊厳ある生活を保障すること。あたりまえじゃないか、と僕は思う。大事なことは、「安い」農作物の生産を農家に押し付けてはならないということだ。またフランス話で恐縮だが、ワイン、チーズなどに標記されるAOC(原産地統制表示)が日本でもあればいいと思う。農家には高付加価値の高い作物を尊厳を持って作ってもらう。
とにかく国内生産を優先、輸入農産物を減らすこと、関税をかけるばかりが能じゃない、遺伝子組み換え、化学肥料などを検査、安全性基準を厳格にして、基準を満たさない農産物は排除していくことだ。
そして何より僕たちが米を食べることだ。60年前の1962年の一人当たりの米消費量は年間118キロ、つまり米俵2俵分。そして現在は50キロ、米俵1俵にも満たない。代わって食べているのが輸入の小麦を原料としたパンやパスタだ。皆さんもおそらく3食のうち2食はご飯以外だと思う。米のままでなくても、日本酒にもなるし、米粉はパスタなど麺類にもなる。ブームのグルテンフリーというやつだ。さらに学校給食もパンではなくごはんに切り替えればいい。
安全保障とはミサイルや武器を作ったり、爆買いすることではない。国民が安心して食べ物を確保し、国内の農家・農業が安定することが第一だ。農業で頑張っている菅野さんの話を聞きながら、そんなことを考えた。
 
2024年8月10日
 

 
世話人 前田和男の「議員NAVI」情報をシェアしました。

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山川 宏(「アクション“介護と地域”」世話人)=事業家時代から何度もフランスを行き来しているフランス事情通

フランス国民議会選挙に思う「ハートは左、財布は右」
かねてから、フランス人はその気質を評して「ハートは左、財布は右」とよく言われる。基本、左翼的なのだが、コトが自分自身の財産、生活、諸権利に及ぶと非常に保守的になる、という意味である。僕は現地で生活したことはないが、何度もの渡仏、仕事、プライベートともフランス人との付き合いがあり、そのあたりは実感している。
 
今回の一回目の選挙結果が出たとき、すぐにこれを思った。「極右」RNは厳しい移民規制政策を打ち出していた。多くのフランス人がこれに反応した。よくある報道ではRNの「移民たちが『仕事』を奪っている」というプロパガンダが効いたとされているが、フランスの市民、労働者はそれほど愚かではない。やはり、ここ数年にわたるイスラム原理主義者による無差別殺人、テロの恐怖が高まったことが背景にある。何しろ三桁に及ぶ一般市民が無差別に殺されたのだ。恐怖心がないと考える方がおかしい。この恐怖は必然的にイスラム系住民、移民に対する警戒心となる。その多くは温和なイスラム教徒であろうが、その中に「過激派」あるいは原理主義者、「テロリスト」がいても区別はつかないのだ。
 
つまり表面では排外主義を批判しつつ、「こっそりと」移民規制を叫ぶRNに投票した者が実は多かったのではないか、と考えられる。表立ってそれを言うわけにはいかない。「ハートは左」のフランス人にあって「ラシスト(人種差別主義者)」と呼ばれることは恥だからだ。だが「財布は右」と言われる通り。自分の生活、まして生命が脅かされるとなれば話は別、ということだろう。この恐怖心とマクロンへの失望、反撥があいまってRNの躍進という第一回の選挙結果になったと思う。
 
だが、RNは、ソフト路線、「脱悪魔化」を掲げつつ、マリーヌやバルデラがしばしば「失言」をしては本音が出てしまうように、その「極右」としての本質は変わっていない。「ハートは左」のフランス人は彼らに強い影響力、まして政権を渡す気などない。さらに、ここが日本と違うところだが、反RNの「人民戦線」というしっかりした「受け皿」となる共闘が成立した。これらが二回目の選挙結果に帰結したのだと思う。
 
フランスでは一回目の選挙で候補者や政党が過半数に至らず、二回目の「決戦投票」に持ち込まれることはよくある。ここで、フランス政治に通じた学者らがよく言うように、「一回目は感情、二回目は理性」という結果になるわけだ。 
 
いずれにせよ、今後、「人民戦線」から首相が出ることになっても、大統領の権限が強力なフランスである。強烈な変化が起こることは考えにくい。が、マクロンの「燃料税」も「年金改革」もフランス人はデモ、ストライキを駆使して闘い、潰した。
 
あくまでも「ハートは左」なのである。
 
勝手な感想を書いてしまったが、それほど「外して」はいないつもりである。
 
2024年7月13日